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東京地方裁判所 昭和31年(ワ)8210号 判決

光信用金庫台東支店

事実

原告は請求の原因として、破産者小島清造は、かつて東京都内に十四軒の特別飲食店を所有して経営するほか、キャバレー、レストラン、旅館、料理店に進出して多額の資金を投じ、金融難に陥り、昭和二十九年五月二十四日支払停止のやむなきに至り、同年六月二日銀行取引の停止処分を受け、ついで同年九月二十一日一部の債権者より破産宣告の申立を受け、昭和三十年一月八日、東京地方裁判所において破産宣告を受け、原告田淵粂治は即日その破産管財人に選任された。ところで、これよりさき、破産者は、被告光信用金庫台東支店との間に、満期払渡契約金額七百万円なる定期預金契約を締結し、昭和二十九年六月三日までに合計二百四十二万四千円、また右のほか植田梅名義で七万九千五百円、以上合計二百五十万三千五百円を被告金庫台東支店に預金した。さらに破産者は、被告金庫との間に、昭和二十九年六月十日、その所有にかかる家屋一棟の上に根抵当権の設定契約を締結し、同月十一日被告金庫に対し、同日付破産者振出、被告金庫宛の金額二百五十万円なる約束手形二通を交付して五百万円を借り受けるとともに、これに対する右振出日より満期日までの利息として合計十万七百五十円を支払い、さらに破産者が同月十二日、前記家屋につき被告金庫のため債権元本極度額五百万円、特約債務不履行の時は期限の利益を失い、かつ日歩六銭の損害金を支払う旨の根抵当権設定の登記を済ませたところ、破産者が支払期日を過ぎても手形金の支払をしなかつたため、被告金庫は前記根抵当権に基いて昭和二十九年十月三十一日不動産競売の申立をし、競売の結果昭和三十年六月十八日売得金の内金百十一万九千七百三十円の配当を受けた。しかしながら、破産者が被告金庫に対してなした根抵当権の設定及び貸付金の利息十万七百五十円の弁済は、何れも破産者がその支払停止後の行為であつて、被告金庫は、支払停止の事実を知つていたもので破産法第七十二条第二号に該当するから、原告は右法条に基いてこれを否認する。よつて原告は被告金庫に対し、右預金及び否認権行使に基いて、被告金庫が競売によつて得た利益百十一万九千七百三十円及び弁済金十万七百五十円の合計三百七十二万三千九百八十円及びこれに対する損害金の支払を求めると主張した。

被告光信用金庫は抗弁として、被告金庫は原告主張のとおり昭和二十九年六月十一日破産者に対し五百万円を貸し付けていたところ、破産者が右支払をしないので、これが担保物件につき抵当権実行による競売を申し立て、昭和三十年六月十八日抵当物件の売得金より七十三万六千五百七十三円を元本内入として配当を受け、元本残金四百二十六万三千四百二十七円の債権を有していたが、被告金庫は昭和二十九年十月十五日、原告が本訴において請求する定期積金契約を破産者と合意解約し、積立金返還債務と前記貸付金債権と対当額で相殺したものであると主張した。

理由

証拠を綜合すれば、被告金庫の外務員であつた訴外浅野博之は、かつて訴外鈴や金融株式会社(以下訴外鈴やという)に勤務していたが、当時、破産者の経営していたキャバレー・オペラハウスで、破産者及び訴外植田喜司男と知りあい、定期積立金をすれば金融をすることを約していたが、これが訴外鈴やの都合でできなかつたところ、被告金庫に勤務することになり、昭和二十九年三月頃破産者及び訴外植田喜司男を訪れて預金の勧誘をしもし、被告金庫に積金をすれば、五百万円の貸付をすると約して本件定期積金契約を締結し、その際、破産者において第一回の払込をすれば、その後は立替払にして貸し付けることを約し、第一回の払込は破産者がしたが、第二、三回は、訴外浅野が立替えて積立てた後破産者が被告金庫に五百万円の借入申込をし、被告金庫において破産者の信用を調査した上で同年六月十一日被告金庫は破産者に対し本件五百万円の貸付をした事実を認めることができる。また他の証拠によれば、被告金庫には昭和二十九年五月二十五日、同月二十六日、同年六月一日に何れも手形の不渡を出した旨の不渡報告、同年六月二日破産者が取引停止処分を受けた旨の取引停止報告が手形交換所から被告金庫に配布されていた事実を認めることができる。しかし、浅野博之は一外務員に過ぎず、同人が関係した前記事情は直ちに本件貸付を決定した被告金庫の機関又はその代理人が右貸付にあたり、破産者の支払停止の事実を知つていたことを推認せしめるものということはできないし、又不渡報告や取引停止報告も従来当座取引や貸付のある者についてはともかく、単に預金をしているに過ぎない者についてまで注意してこれを記録し、貸付にあたつて調査する方法を講じていなかつたことが認められる(通常そこまで周到な調査はしないであろうと首肯される)から、右不渡報告や取引停止報告が被告金庫に配布されていたことを以て直ちに被告金庫が破産者の不渡や取引停止の事実を知つていたと推認するに足りない。

果してそうであれば、被告金庫のなした相殺は、破産法第一〇四条の相殺禁止の場合に該当しないから有効であり、前記相殺の無効であることを前提とする原告の預金返還の請求は理由がない。

次に、原告は、抵当権設定及び貸付金の利息の支払は、被告金庫が破産者の支払停止後の担保の供与または債務の消滅に関する行為で、行為の当時破産者の支払停止のあつた事実を知つていたものであると主張するけれども、被告金庫が本件金員貸付及び抵当権設定当時、破産者の支払停止があつたことを知つていたと認めるに足る証拠のないことは前段認定のとおりであつて、破産法第七十二条第二号により該行為を否認することはできないといわなければならない。してみると、抵当権実行によつて得た利金百十一万九千七百三十円及び右貸金の利息として受領した十万七百五十円及びこれに対する損害金の支払を求める請求も理由がないといわなければならない。

よつて原告の請求は失当であるとしてこれを棄却した。

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